其の参 〜敵から貰った特別賞!〜

2009 年 5 月 25 日

(父)
「皆様、改めまして黒田如水です。」
(子)
「父上、隠居されて名前を改めた一件については、前回皆様にお話し申し上げましたぞ。折角でしたら、『如水とは水の如く清らかに生きるの意です!』とか、うんちくを言えば良いものを・・・・。申し訳ございません!私がタネを明かしてしまいました。」
(父)
「・・・・。気が利かぬ息子のことは忘れて話を続けるかの。豊臣軍が九州を制圧した段階で、天下統一の障害は関東一円を支配する相模国(神奈川県)小田原城の北条氏と、伊達家をはじめとする東北の諸大名だけとなった。特に、小田原城を中心に北条早雲(伊勢新九郎)以来五代百年に亘って関東を支配した北条氏は秀吉様に従う態度を全く見せない。そこで、一計を案じた秀吉様は『小田原城の北条氏政・北条氏直父子を征伐するから、伊達政宗等の東北諸大名は小田原まで挨拶に来い!』と命じられた。」
(子)
「挨拶に来なかった者は討伐し、領地を没収すると威圧した訳ですな。」
(父)
「派手好きな秀吉様は小田原城の側に一夜で城を築き、海上には大艦隊を浮かべ、小田原城を20万と云われる軍勢で取り囲んだ。そして、次々と挨拶にやってくる伊達政宗等の東北諸大名を茶会に招き、関白・豊臣秀吉の威厳と力を見せ付け、北条父子を一気に降参させようとなされたのじゃ。」
(子)
「しかし、小田原城といえば、NHK大河ドラマの常連である武田信玄公や上杉謙信公も攻め落とせなかった名城ですな。」
(父)
「その通り。21世紀の現在では信じられぬかも知れぬが、当時を人々にとって戦国最強の武将とは織田信長公や秀吉様ではなく、無敵の騎馬軍団を率いた武田信玄公であり、もしくはその好敵手で毘沙門天の化身と畏れられた上杉謙信公だったのじゃ。どちらも、寿命が尽きたのであって、断じて信長公に戦で敗れたわけではないから、というのが一般の認識であったからのう。伊達政宗なぞは、大胆にも秀吉様の器量を量ってやろうとしてワザと遅れてやって来る始末・・・・。逆に、せっかく制圧したばかりの会津国(福島県)を没収されてピーピー泣いておったがのう。」
(子)
「政宗も可愛そうに・・・・。しかし、そうなると北条父子はなかなか降参しますまい。」
(父)
「そこでじゃ。外交術に長け、北条父子を説得出来るような人格者を小田原城に送り込むことになった。」
(子)
「『人格者』という言葉が引っかかりますが、もしかして父上のことでございますか?」
(父)
「いかにもワシじゃ。ワシは身一つで小田原城へ乗り込んだ。」
(子)
「有岡城の時の話と似ておりますな。物の本で読んだことがございますぞ!確か『デジャヴ』とか。となると・・・・、父上は再び小田原城の地下牢に放り込まれ、戻らぬ父上を秀吉様が疑って『息子の長政を殺せ』とお命じになる・・・・。ひえ〜!」
(父)
「話の腰を折るなら帰れ!」
(子)
「申し訳ございません・・・・。」
(父)
「ワシは十分お役目を果たしたぞ。『今までの戦いで北条家のプライドは十分立ったはず。これからは家名を残すことに心を砕かれよ!』と諭したのじゃ。」
(子)
「北条父子は何と?」
(父)
「以後の戦いの無益を悟った様子じゃった。これが、小田原城開城、そして天下統一の歴史的瞬間となった。倅の北条氏直は説得に訪れたワシに感謝し、家宝の名刀『日光一文字』をワシに譲ってくれた。結局、秀吉様からはロクな褒美を貰えなかったから、ワシにとっては『敵から貰った特別賞』が天下統一の唯一の記念品じゃよ。」
(子)
「そうなると、その名刀は黒田家の家宝であると共に、歴史的瞬間の目撃者である訳ですな。して、今その日光一文字はどこに?」
(父)
「それがのう、福岡市博物館で大事に保管されているんじゃが、毎年正月前後の特別展示会でしか一般公開しないそうなんじゃよ。」
(子)
「何と!」
(父)
「本当は皆様が何時でもワシの功績を称えることが出来るように、常時展示して欲しいんじゃが・・・・。福岡市博物館よ、ワシの日光一文字を常時展示してくれいっ!」
(子)
「父上、落ち着いて下さい!」
(父)
「でなければ、倅の長政が加藤清正・福島正則等と博物館に殴りこみますぞ〜!」
(子)
「それは次回以降の私の持ちネタでございますっ!」
[続く]