首里城復興を願って!世界遺産・琉球王国のグスク及び関連遺産群:名将・護佐丸の悲劇:中城城跡

2020 年 5 月 19 日

 

(黒田長政)

「父上、世界遺産・琉球王国のグスク及び関連資産群は今回で3件目ですね。」

 

(黒田官兵衛)

「うむ、今日は中城城(なかぐすくじょう)じゃな。楽しみじゃ。」

※世界遺産・中城城跡※

(黒田長政)

「世界遺産・中城城の見学は有料ですが、そのかわりに高台にある主郭までカートで送ってくれます。」

※カートで高台へ登っていく※

(黒田官兵衛)

「おお、それは実にありがたい!」

(黒田長政)

「父上、見えてまいりましたぞ!これが中城城跡です。」

(黒田官兵衛)

「やや、石垣が殆ど崩れているではないか・・・・。がっかりじゃ・・・・。」

※カンジャーガマ跡※

(黒田長政)

「いやいや、これはカンジャーガマ跡と呼ばれる鍛冶屋跡だそうです。」

(黒田官兵衛)

「そうかそうか(笑)。うん?何じゃ、このくぼみは?」

※日本軍の塹壕跡※

(黒田長政)

「これは沖縄戦で日本軍が掘った塹壕の跡だそうです。」

(黒田官兵衛)

「まさに戦国時代の申し子というべき我らが言うのもおかしな話じゃが、戦争とは文化財を容赦なく破壊する、まさにその通りじゃな。」

※城内の拝所(雨乞イノ御嶽・小城ノ御イベ・御當蔵火神)※

(黒田長政)

「グスクというと、結局は城郭ですから、戦争のイメージばかり付きまといますが、火の神・雨ごい等、様々な拝所・聖域が城内の各所に配されています。これは中城城だけでなく、首里城をはじめとするグスク群でも同じように拝所がたくさん配置されていたようです。グスクは信仰の場でもあったんですね。」

   

※中城城跡の石垣※

(黒田官兵衛)

「では、長政よ。そろそろこの中城城の歴史を・・・・。」

(黒田長政)

「はい。中城按司(中城の豪族)が数代にわたり南の郭、西の郭、一の郭、二の郭といった主要部分を築き、座喜味城から移ってきた護佐丸の手で三の郭、北の郭が増築され現在の形が完成したと考えられています。増築されたその部分の城壁は『相方積み』という高度な技法で積み上げられており、主郭の2つの城門がアーチ式門となっています。」

※石山本願寺後に築城された大阪城※

(黒田官兵衛)

「なるほど、大阪城は石山本願寺、安土城は六角氏の観音寺城、熊本城は鹿子木寂心の隈本古城、といった具合に大きな城は、その前身となった城を基に改築しているケースも多い。琉球王国のグスクでもそのようなことがあるのじゃな。」

※ペリー提督は中城城跡の石積みを調査した※

(黒田長政)

「幕末の日本に開国を迫った米ペリー提督は、この中城城の美しい石積みに感動し、詳細な調査を行ったと云います。」

(黒田官兵衛)

「こうして聞いておると、護佐丸という武将は、知勇兼備でワシによく似ておるのう。さぞや立身栄達したことであろう。」

※勝連城跡※

(黒田長政)

「はあ・・・。勝連城を根拠地とする茂知附按司が勢力を拡大すると、琉球国王・尚巴志(しょうはし)は1430年、中城を護佐丸に与え、築城を命じました。護佐丸は、与勝半島を指呼に望む中城城の改築にかかり、1440年、尚忠が第3代国王となると、護佐丸は中城城に移りました。」

(黒田官兵衛)

「ふむふむ・・・・。」

(黒田長政)

「やがて、若く才能あふれる猛将・阿麻和利(あまわり)が茂知附按司を倒して勝連城の主となり、第3代国王・尚泰久は護佐丸の娘を后に迎え、長女の百度踏揚を阿麻和利に降嫁させ、護佐丸・阿麻和利両者との姻戚関係を後ろ盾に、政治の安定を図ります。しかし、1458年8月、阿麻和利が護佐丸に謀反の動きがあると尚泰久国王に讒言。」

(黒田官兵衛)

「なんじゃと!」

※中城城を包囲された護佐丸は非業の最期を遂げた・・・・※

(黒田長政)

「尚泰久王が阿麻和利を総大将に任じ、中城城を包囲して『忠誠の証として自害せよ』と迫ると、護佐丸は反撃せず、一族と共に命を絶ちました。琉球王国・第一尚氏王朝の国王6代に仕えて六十四年、忠節を尽くした護佐丸にとっては青天の霹靂というべき哀れな最期でした・・・・。」

(黒田官兵衛)

「『祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。~平家物語~』の言葉通りじゃな・・・・。」

(黒田長政)

「実に惨い最期でございます。」

※黒田官兵衛も護佐丸同様に主君・豊臣秀吉に疑われたことがあった※

(黒田官兵衛)

「長政よ、ワシも太閤様(豊臣秀吉)に天下への野心を疑われたことがあった。ワシは当時まだ40代。しかし、その時には出家して長政に家督を譲り、野心の無いことを示した。『出る杭は打たれる』ということじゃが、護佐丸にはそのような時間すら無かったとは、気の毒なことじゃ。」

(黒田長政)

「全くその通りでございます。」

※中城城跡※

(黒田官兵衛)

「しかし、ここまでくれば、乗り掛かった舟じゃ。忠臣・護佐丸を死なせてしまった琉球王国の歴史を次回も見ていこうぞ。」

(黒田長政)

「かしこまりました・・・。」

 

[続く]