九州新幹線全通5周年・山陽新幹線博多開業41周年!九州に鉄道の幕開く!第1回博多~久留米間から始まった九州鉄道

2016 年 3 月 3 日

(島井宗室・神屋宗湛)

「皆様、お久しぶりです!」

(島井宗室)

「宗湛よ、久々の登場で我らのことをご存知ない読者の方の為に、改めて自己紹介をしては?」

(神屋宗湛)

「叔父さん、それは賛成ですよ!」

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島井宗室・・・・1539~1615年。戦国~安土桃山時代の博多商人でも特に有名な『博多三商傑』の一人。茶人としても知られ、茶の湯を大成した千宗易(利休)とは茶人としても、同業者(貿易商)としても親交が深かった。豊後国(大分県)の戦国大名・大友義鎮(宗麟)と親しく交わり、義鎮の勢力拡大に伴って様々な営業特権を与えられた。九州を巡る三つ巴の決戦で義鎮が島津義久に敗れたことから脅威を感じ、織田信長、次いで豊臣秀吉と通じる。後に秀吉の天下統一・朝鮮出兵に協力し、文字通り『天下人の御用商人』となり、黒田長政の福岡城築城にも協力した。

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神屋宗湛・・・・1551~1635年。安土桃山時代~江戸時代初期の博多商人。島井宗室と同じ    く『博多三商傑』の一人。世界遺産となった石見銀山の経営者で、中世博多商人の極盛期を開いた人物であり、島井宗室とは遠戚にあたるとも言われる。島井宗室と同じく茶人としても知られる。千宗易の先輩格にあたる堺の豪商・茶人である津田宗及と親交を結ぶ。博多商人の指導者的立場にあって、博多の復興・朝鮮遠征軍への補給等を取り仕切り、豊臣秀吉を支える側近の一人となる。因みに、ここでは宗湛は宗室を『叔父さん』と呼んでいる。

(神屋宗湛)

「さあて、今年の3月10日で東海道・山陽新幹線は博多開業41周年!しかも、3月12日は九州新幹線全通5周年記念!」

(島井宗室)

「うむ。今回は我らで九州の鉄道史について皆様にご案内するのじゃ。」

(神屋宗湛)

「それ、いいですね~!今までボクも鉱山の経営や貿易をやって来ましたが、物流の要である鉄道についても経営してみたいと思っていたんです。」

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大分県中津市に残る九州鉄道草創期の客車

(島井宗室)

「では早速。明治5年(1872年)、歴史の教科書でも有名な新橋~横浜間に我が国で初めて鉄道が開業した。そして、それから17年経った明治22年(1889年)12月11日、民間資本である九州鉄道によって九州最初の鉄道である博多~千歳川(筑後川北岸にあった仮駅)が開通したのじゃ!」

(神屋宗湛)

「九州鉄道といえば、九州の鉄道発展に大きく貢献した会社ですね。」

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(島井宗室)

「左様。開業時の博多駅は、現在の博多駅前1丁目『出来町公園』にあったとされ、現在では『九州鉄道発祥の地』という碑が残る。また、九州鉄道としては本来、博多~久留米間を開業したかったのじゃが、筑後川を渡る橋の工事が洪水に阻まれて難航。一旦筑後川(千歳川)の手前で仮開業したとされている。しかし、九州島内の鉄道普及を目指す同社は翌年3月に筑後川架橋工事を終えて鉄道を久留米まで延伸させた。」

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(神屋宗湛)

「そういえば、筑紫野市のJR二日市駅と原田駅の間に城山三連橋梁と呼ばれるレンガ造りの九州鉄道草創期の橋梁が残っていますね。」

(島井宗室)

「同じ年の9月、博多から延びた鉄道は赤間、12月には遠賀川に到達した。翌明治24年(1891年)2月には黒崎に、4月1日には門司港まで開業し、同日には久留米から玉名までレールが伸び、現在の門司港駅傍のレンガ造りの建物が九州鉄道本社となった。」

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九州鉄道記念館にも九州鉄道草創期の客車が展示されている

(神屋宗湛)

「現在、九州鉄道記念館となっている建物がそうですね?」

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現在は修復中のJR門司港駅

(島井宗室)

「明治24年(1891年)は九州の鉄道が大きく飛躍した年じゃ。7月には久留米から熊本へ、8月には鳥栖から佐賀へと新たに路線が開業し、これらはそれぞれ後の鹿児島本線・長崎本線へと繋がっていく。因みに明治28年(1895年)4月には現在の日豊本線にあたる小倉~行橋間が開業し、翌年11月には熊本から南側についても八代まで開通した。更には明治31年(1898年)1月には早岐経由で佐世保へ、現在の大村線経由で長崎まで全通し、門司港や行橋から熊本や長崎・佐世保までが1本の鉄道で繋がった。現在のJR門司港駅は、当時『門司駅』と名乗り、明治34年(1901年)には対岸の山口県下関市を結ぶ関門連絡船が運航を開始したことで、鉄道と連絡船を介して九州と本州が一つに結ばれた。九州鉄道のターミナル駅として、本州への窓口としての門司港駅は一層賑わいを増し、これは関門トンネルが開通するまで続いた。」

(神屋宗湛)

「次回は九州の鉄道が分立・合併の時代を迎え、懐かしいアレの登場です!」

(続く)