古城をゆく・・・・鹿島高校・鹿島実業高校として残る鹿島城

2013 年 4 月 1 日
(後藤又兵衛) 「という訳でやって来ました、肥前鹿島へ!」 (母里太兵衛) 「感無量でござる。」 (後藤又兵衛) 「そういえば、今回は太兵衛殿が積極的に鹿島城に行こうと薦められましたが?」 (母里太兵衛)…

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古城をゆく・・・・佐賀の戦国時代を見つめ続けた蓮池城

2013 年 3 月 19 日
(後藤又兵衛) 「太兵衛殿、今回の城跡巡りはどこでしょう?」 (母里太兵衛) 「オイ、先輩にヒントもなしで問答とは、何事でござる。」 (後藤又兵衛) 「なるほど、ではヒントです。その城は佐賀の歴史を見つめてきた…

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菊池一族、九州を翔ける・・菊池武光と菊池城 後編

2013 年 2 月 18 日
(母里太兵衛) 「菊池とは実によい所でござるな。」 (後藤又兵衛) 「菊池城や菊池渓谷など、史跡や名勝には事欠きませんし、温泉もありますしな。」 (黒田長政) 「父上、菊池城を散策しながら、菊池武光の菊池軍再建につ…

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菊池一族、九州を翔ける(新春編)・・菊池武光と菊池城 前編

2013 年 1 月 6 日
(黒田官兵衛) 「長政め、元旦の朝早くからワシを叩き起こしおって!」 (母里太兵衛) 「大殿、拙者が担いでおるから良いではござらぬか?」 (黒田官兵衛) 「で、何処に行くのじゃ?」 (母里太兵衛) …

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菊池一族、九州を翔ける④・・・・菊池武吉、湊川に散る

2012 年 12 月 22 日
 (黒田長政) 「南北朝時代の菊池氏の活躍を追うシリーズも4回目。こうして見ると、菊池氏自身はいつも最善を尽くしながら、結局頼りない味方のせいで敗れているようですね。」 (黒田官兵衛) 「うむ、確かに。だが、一方で当主・菊池武重は京都…

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リーダー論④・・・「時の流れさえ超える天才」武田信玄タイプ

2012 年 11 月 20 日
(島井宗室) 「後藤様、おはようございます。近頃めっきり寒くなりましたな。」 (後藤又兵衛) 「いやはや全く。最近は目が覚めると外に朝霧が掛かっていることが多いですしな。」 (神屋宗湛) 「ややっ。いきなり今回…

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菊池一族、九州を翔ける③・・・・菊池武敏、多々良浜に舞う

2012 年 11 月 12 日
(黒田長政) 「鎌倉幕府を打倒し、後醍醐天皇の下で始まった建武の新政ですが、足利尊氏の離反で新たな局面を迎えましたね。」 (黒田官兵衛) 「うむ。『箱根竹の下の戦い』で足利軍に敗れた菊池武重は、新田義貞らと共に退却し、足利尊氏は京に迫…

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菊池一族、九州を翔ける②・・・・菊池武重と菊池の千人槍

2012 年 10 月 9 日
(黒田長政) 「父上、今日は菊池武時が鎌倉幕府の奉行所・鎮西探題を攻めて戦死した後の菊池氏の動向について教えて下さい。」 (黒田官兵衛) 「うむ。菊池武時と共に一路博多へと進軍した菊池軍であったが、当主・武時が戦死し、長男・菊池武重以…

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菊池一族、九州を翔ける①・・・・菊池武時と菊池神社

2012 年 8 月 16 日
(黒田官兵衛) 「長政よ、今日は中世に九州で活躍した菊池一族について皆様にご案内しようではないか。」 (黒田長政) 「なるほど。私も菊池一族の勇名こそ聞いておりますが、詳しくは知りませぬ。しかし、城南区の菊池神社や、東区で…

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古城をゆく・・中世の城下町から近世の宿場町となった草野・発心城

2012 年 7 月 10 日
(後藤又兵衛) 「さあて、予告どおりJR草野駅に着きしたよ。」 (母里太兵衛) 「久大線の黄色い車両一両編成の列車が珍しかったでござるな。」 (後藤又兵衛) 「駅から南側へ行くと、かつての街道に出ます。」 …

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